学会誌「EICA」

[第24回研究発表会:パネルディスカッション] 災害復旧情報発信と住民協力

内容
「ライフラインとは何か」と聞いて見ると直ぐに出てくる言葉が電気・ガス・水道・電話である。しかし「下水道」と答える人は殆どいない。下水道がライフラインの一つで最も重要なものであることは、誰もが知っているはずである。しかし、それを意識して考える人は少ない。例えば、緊急時、水道は「断水」、電気は「停電」など、各事業管理者には非常事態を伝える言葉がある。そのため、あたり前に「水や電気が使えなくなる」という危機を感じる。ところが、下水道が使えい場合は、どんな言葉で伝えるのか、何と言って緊急事態を伝えるかが問題であるが、なかなかインパクトのある言葉が見つかっていない。つまり、新聞やTVで下水道の緊急事態を一言で伝えることは非常に難しく、長い見出しとなってしまう。そのため、記事を目にした人がいても、それを読もうとする人は少ない。特に、処理場は土木・建築・機械・電気・化学・生物等の経験工学と言われており、その奥が深い。つまり、処理場を説明しようとすると専門用語を多く使うことになるので内容が非常に解かり難いものとなる。そんな事情から一般的に新聞やTV等では、下水道施設を取り上げ記事にすることが少ないのではないかと思う。
東日本大震災では、最大高さ10.5mの津波で壊滅的被害を受けたが、幸いにも流入して
来た下水が逆流することはなく市街地では溢れなかった。しかし、その裏では流入下水30万㎥/日と懸命に戦っている職員や作業員がいた。復旧作業は、24時間連続で行なわれており、その苦労は図り知れないものがある。下水道が普通に使え快適な生活が出来ているのも、その苦労があってのことである。
この苦労を市民の方々に上手く伝えることが出来れば、それは住民協力という形でかえって来ると考える。同時に、それは議会や県・国の対応へ反映されて行くことになる。
災害復旧現場では、多くの苦労や感動があったが、その一例を紹介したいと思う。
震災直後、ある会社に緊急工事として場内の水道復旧を依頼したが、重機はあるが、燃料が不足するという日々が続いていた。スタンドで売ってくれるのは、一人10リットルまでと制限され、燃料の確保に苦労していた。そこで、駆り出されたのが会社の女子従業員達であった。寒い早朝から何時間も、何度も何度もスタンドに並び10リットルというわずかな量を購入すると、急いで現場へ運び作業車へ給油するという大変な苦労のすえ確保して来た。また、同じころ、一般家庭では電気がまだ復旧していないため、炊飯ができずにいた。コンビニでも品不が続き営業をしていない。何時もは、コンビ二で弁当を買って来るのが常であった作業員達が、この時だけは弁当を持参できない者も多かったので昼休みを取らずに作業を続けていた。そこで、またまた駆り出されたのが女子従業員達であり、災害復旧現場へ届けるため「おにぎり」や「味噌汁」作りに奮闘したのである。
届けられる物は、ただの白い「おにぎり」と「味噌汁」であったが、本当にうまかった。この手作りの「おにぎり」や「味噌汁」のお蔭で壊滅的現場の士気を下げることなく継続した復旧を行うことができ、熱気のある現場となった。
このように陰で支えてくれた女子従業員や家族のような状況をもっと情報として上手く発信できれば、多くの住民から協力が得られるものと考えられる。南蒲生浄化センターの災害復旧は、まだ始まったばかりである。今後も、積極的な情報を発信し続けて行きたい。
17巻2/3号2012年
Page
3
題名
災害復旧情報発信と住民協力
Title
Minamigamou Sewage Treatment Plant Damage and Restoration
著者
石川敬治
Authors
著者表記
Author attribution
Keiji Ishikawa
著者勤務先名
仙台市
Office name
著者所属名
建設局 南蒲生浄化センター
キーワード
Key Words
概要
「ライフラインとは何か」と聞いて見ると直ぐに出てくる言葉が電気・ガス・水道・電話である。しかし「下水道」と答える人は殆どいない。下水道がライフラインの一つで最も重要なものであることは、誰もが知っているはずである。しかし、それを意識して考える人は少ない。例えば、緊急時、水道は「断水」、電気は「停電」など、各事業管理者には非常事態を伝える言葉がある。そのため、あたり前に「水や電気が使えなくなる」という危機を感じる。ところが、下水道が使えい場合は、どんな言葉で伝えるのか、何と言って緊急事態を伝えるかが問題であるが、なかなかインパクトのある言葉が見つかっていない。つまり、新聞やTVで下水道の緊急事態を一言で伝えることは非常に難しく、長い見出しとなってしまう。そのため、記事を目にした人がいても、それを読もうとする人は少ない。特に、処理場は土木・建築・機械・電気・化学・生物等の経験工学と言われており、その奥が深い。つまり、処理場を説明しようとすると専門用語を多く使うことになるので内容が非常に解かり難いものとなる。そんな事情から一般的に新聞やTV等では、下水道施設を取り上げ記事にすることが少ないのではないかと思う。 東日本大震災では、最大高さ10.5mの津波で壊滅的被害を受けたが、幸いにも流入して 来た下水が逆流することはなく市街地では溢れなかった。しかし、その裏では流入下水30万㎥/日と懸命に戦っている職員や作業員がいた。復旧作業は、24時間連続で行なわれており、その苦労は図り知れないものがある。下水道が普通に使え快適な生活が出来ているのも、その苦労があってのことである。 この苦労を市民の方々に上手く伝えることが出来れば、それは住民協力という形でかえって来ると考える。同時に、それは議会や県・国の対応へ反映されて行くことになる。 災害復旧現場では、多くの苦労や感動があったが、その一例を紹介したいと思う。 震災直後、ある会社に緊急工事として場内の水道復旧を依頼したが、重機はあるが、燃料が不足するという日々が続いていた。スタンドで売ってくれるのは、一人10リットルまでと制限され、燃料の確保に苦労していた。そこで、駆り出されたのが会社の女子従業員達であった。寒い早朝から何時間も、何度も何度もスタンドに並び10リットルというわずかな量を購入すると、急いで現場へ運び作業車へ給油するという大変な苦労のすえ確保して来た。また、同じころ、一般家庭では電気がまだ復旧していないため、炊飯ができずにいた。コンビニでも品不が続き営業をしていない。何時もは、コンビ二で弁当を買って来るのが常であった作業員達が、この時だけは弁当を持参できない者も多かったので昼休みを取らずに作業を続けていた。そこで、またまた駆り出されたのが女子従業員達であり、災害復旧現場へ届けるため「おにぎり」や「味噌汁」作りに奮闘したのである。 届けられる物は、ただの白い「おにぎり」と「味噌汁」であったが、本当にうまかった。この手作りの「おにぎり」や「味噌汁」のお蔭で壊滅的現場の士気を下げることなく継続した復旧を行うことができ、熱気のある現場となった。 このように陰で支えてくれた女子従業員や家族のような状況をもっと情報として上手く発信できれば、多くの住民から協力が得られるものと考えられる。南蒲生浄化センターの災害復旧は、まだ始まったばかりである。今後も、積極的な情報を発信し続けて行きたい。
Abstract

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